読書録

面白かった本の要約・感想文を記します

カート・ヴォネガット『これで駄目なら』 感想

 

これで駄目なら

これで駄目なら

 

 

 

大学の卒業式にしばしば招かれていたヴォネガットの講演集。他愛のない話を繰り返す部分も多く、要約らしい要約もできないので、講演を聴いた大学生のごとくだらだらと感想をかきます…。

 

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鉄板ネタみたいなのがいくつかあるのだが、ひとつを小話として載せておく。
会社の上役のためにスピーチ原稿を書いていた時代、「クリームが高いのは、牛が小さいバケツにまたがるのを嫌がるから」というジョークを盛り込んだところ、原稿を確認しないままその箇所に達した上司が笑いすぎて鼻血を出しながら退場してしまった、翌日ヴォネガットはクビになった、という話。人生にこんなエピソードがあるのはおもしろすぎてずるい。

 

ヴォネガットが、先生や家族への感謝を忘れるな、人道的であれといった良識ある発言以外で繰り返し述べているのが、両親と子がいるだけでは家族としては最小単位にすぎず、親戚や地域ぐるみの付き合いなどが大切であるということ。コンピューターやテクノロジーから距離を置き、警戒することである。

 

小説を読んでひしひし伝わっていたことだが、彼は穏やかで思いやりに満ちた好人物、ヒューマニストであった。それ自体はいいことだが、あまりに理想主義ではないかと感じさせる部分もある。コンピューターと距離を置くことが不可能な現代ではいかに付き合っていくかを考えなければならないし、寛容や人道を訴えるだけでは世の中が回らないことは昨今のテロやトランプが示している。

 

また、彼のSF的な発想ーースローターハウス5で見られるような、人間の性は5つあるとか、天使や悪魔といった形而上学的な存在は4次元に存在するので干渉できないとか、過去・現在・未来、全ての瞬間はパラレルに存在していてひとつの大きな絵のように眺められるとかいう思想は、切り詰めた状況設定で哲学的な思考実験を行うことによってではなく、もっと素朴な出発点から産まれたものであることが読んでいて伝わった。親子イコール家族ではない、男女だけが性別ではないという思想は、考えてみれば思考実験というよりフラットさであり、ある種のリベラリズムである。


<メモ>
・『母なる夜』のような人の心を打つリアリズムも、小説にこんなことができるのか…と驚かされるアクロバティックな戦争文学『スローターハウス5』も傑作だと思うけれども、文学者の講演のわりに内容がモラリストすぎてびっくりした。小説は面白いがモラルを説く講演集にはあまり惹かれない。

 

・中国人は知恵が回らなかったから火薬を花火にしか使わなかった、という言及が出てくるが、ヴァレリーの文章にも出て来るし、特に西洋でお決まりの話なのかもと思った

 

・天使や悪魔は4次元にいて…みたいなのは今考えるとカラマーゾフっぽい

 

・金で解決できることは解決すべし、金はそのためにあるんだから という発言にいたく同意

 

・ゴーストダンスはアメリカの民族発祥

 

・シカゴ大火の元になったのはランタンを蹴飛ばした一頭の牛で、「オリアリー夫人の牛」と言えば伝わるらしい